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同姓婚賛成 ? 反対?


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性別違和者の当事者である 私は
 
心と身体の性が異なる人など性的少数者の尾張地方の居場所を作ろうと 2016年1月にFacebookで【尾張輝虹会スターレインボー】を立ち上げました。
【尾張輝虹会スターレインボー】と名付けた理由は 
『悩む時間があるのなら それを好きなことに打ち込もう』と
みんなと一緒に好きなことに場所と交流の場ができないかと思い立ち
みんなが得意なことで輝いてほしいという願いを込めました。

当年3月に岩倉市市民団体に登録し 性的少数者は身近にいることを知ってと参加を呼びかけてます
市民活動を始めたきっかけは、
当年1月にFacebookを通じて知り合った主婦から女性を中心とした昼食会に誘われ私に代わって身体と心の性が違うとわたしの事を紹介してくれ参加者たちが受け入れてくれました。とても楽しかったし
居場所をつくってくれたとおもい わたしにも出来ないかと感じたからです。
2016年8月には 岩倉市生涯学習センターで初めてカミングアウト講演会を開きました

2016年当初はLGBTに居場所を作ってあげる考え方でしたが、確かに居場所の提供も大切だけれど
わたしが子供の時からあってきたいじめで子供たちが悩み自殺自傷に向かわないように
友達 家族 学校の先生 周りの大人たちにむけてLGBTの問題特にトランスジェンダーを知ってもらう活動に力を入れています
2017年3月に第1回【にじいろminiフェス】を開催し 第2回(7月) 第3回(10月)
11月20日には名古屋市西区コミュニテーカフェのレンタルルームでの【たこ焼きパーティー】を
開催し関わって頂いた方々や来場者の参加で交流会を開催しました

開催してきた私、高橋ななみの感想は イベントや交流会の開催回数が少ないこと
も理由の一つだけれど まだまだ性的マイノリティーについて関心がないことに気づきます
関心がないんじゃなくてもう性的少数者が居てあたりまえの世の中になったのか
疑問に思うのも一つですね
イベント来場者の中には当事者の方も来場され話す機会がありました その方は 私以上に女性になるための治療に専念されてて 外見は女性なんですが やはり投薬治療や手術により鬱状態が続いているようです
この話を聞いてて感じることは やはり通院で治療をつづけさらに当事者同士のグループやその方自身の理解者や仲間の中で悩みを共有し周りのかかわっている人たちが当事者の事を理解し支えてあげることが自殺自傷イジメの予防につながると感じます。私とその来場者の当事者の方で【シングルマイノリティー】でさえこれだけ悩み苦しんでいるのだけれど 体の不自由な方【ダブルマイノリティー】やそれに加え心の病をお持ちの方【トリプルマイノリティー】の中にも性的マイノリティーの方が知り合いに居ますその方たちは 自分の気持ちが素直に言えない方もいます シングル性的マイノリティーの方たちより大変苦労をしていると感じます
まとめとして 誰もが暮らしやすい街や日本国になってほしいとスターレインボーの活動をしています

名古屋市西区のレンタルルームでの交流会を兼ねた講演会を皮切りに 2月は扶桑町総合体育館で【第4回だれもがちがってあたりまえ】 3月は岩倉市民プラザで【第4回にじいろminiフェス】でたくさんの人たちがかかわってもらいたくさんの来場者さんにもきてもらい少しずつではあるが広まっているなと感じました
この7月16日には 第5回 10月には第6回と続けていきます
その間にも小さな交流会を開催していきます。

トランスジェンダーといっても、
その養育歴や生活史は様々です。
幼少期から自分の性別に
違和感を覚える人が多いようです
違和感を覚えたからといってすぐに性別を変更できるわけではありません。社会や両親からの期待に応えて、
自らの性自認とは異なる性役割(身体的性別に従った性役割)を演じ続けながら生活をしている人もいます。

高橋ななみの人生は
男性の身体で生まれましたが心は女性という性的違和です
幼少期の頃から身体と心の違和感を感じはじめ 遊びといえば おままごとをするときには
お母さん役で相手役を男の子ではなく女の子を選んでました また 母親の化粧品で化粧の真似事 
男性器はなくなるものだと思っていました
                         LGBTの図

自分自身の性をどのように考えるかと、誰を好きになるかは異なる次元の問題です
言い換えれば、性自認と性的指向は別カテゴリーの話ということになります だから、性同一性障害だからといって、どの性を恋愛対象としているかは分からない。また、同性が好きだからといって性同一性障害とも限らない。

セクシャルマイノリティーの問題に関心がある人なら、比較的知られていることだと思うも、
性同一性障害だというと「ということは、同性が好きなの?」と聞かれることがよくある。
まだまだ異性愛規範が根強い社会において、自身の性を変更することによって、同性愛を事実上の異性愛にしてしまう発想は理解できないこともない
また、ゲイやレズビアンの当事者からは、自分自身が性同一性障害ではないかと考えたことがあるという話をたまに聞くし、非当事者が混同してしまうのも仕方ない側面もある。


小学校に入学して1週間の間に新品のランドセルがクラスの男の子たちにボロボロにされ
なぜそのようないじめをされたのかわかりません 
小学2年の時わたし自分では学業は中の成績だったと認識していましたが
担任の先生から≪特別支援学級≫に2週間だけクラス替えさせられた経験がある
男の子とも沢山校庭で遊んだりもし自分が男の子なのか女の子なのかわからない時期もありました。-

中学に入るとクラブ活動のテニス部の用具室の中で部員たちにズボンと下着を集団で脱がされ
居場所を学習塾に求めた

高校は男子校 さらに男子の中に溶け込めず 居場所を探す毎日
修学旅行では 遊覧船に乗る機会がありそこでも海に飛び込こんでやろうと
自殺の場所探しをしていた経験があります
大学に入るも周りは男子ばかり授業はそこそこに アルバイトに居場所を求め
しかし学生の中には私のことを集団でイジメ 包丁を目の前にし自殺直前まで追い込まれた
経験があります。

家電量販の販売員となるそこで見つけた知識接客を生かし就職は 男子で家電量販に勤める
世の中の状況が傾いてきたきっかけで転職を繰り返すなかで 現在のパートナー≪奥さん≫と
2006年に出会う
就活や転職をしていく中で自分自身を見つけるきっかけがあり
2013年頃から女装や化粧の練習を始めて2014年頃からホルモン治療をはじめ
男性器の一部はありません

十数年前 snsで
男性名のハンドルネームで投稿や
チャットで男女の交流をしていた頃
馴染めず 女性名のハンドルネームに変え、
女性言葉に変えたときから
私らしく会話ができていると感じはじめ
それ以来ずーっと使い続けていてsns上だけじゃなく
現実世界でも使い少しでも私らしさで生活できています
本当なら 現実世界でも女性のような言葉遣いで生活すれば
もっと良いけれど なかなかできない現実があり
現実世界では 通称名ですごし 時々仮装し 
精神的バランスを取っております



現在でも時々完全女装をして名古屋の街の中に遊びに出かけることもある
しかし 感じることは 女装しなくても 性転換しなくても 自分は自分だと思う毎日です
わたし自身納得のいく上での服装や心で居たいと思います
ホルモン治療をしていく上でホルモンのバランスを崩すことが定期的にあり
メンタルクリニックにも通院もしています
メンタルクリニックに通院する理由の1つに 通常男性は1日に話す単語は7000語
女性は20000語 そこからも分かるように私自身も日常会話では足りません
なので日常の会話の単語が私的には少なすぎて
その解消につながればと思い外に出かけるキッカケにもなるからです
わたしの通院しているメンタルクリニックは 通名でもよいとのことなので通名で呼んでもらっています 
他の外科内科などは まだまだ 本名で呼んで診察室に案内されますが呼ばれた時のわたしの心情は
あまりよくないです できれば 診察室に通されるまでは 番号札の番号位にしてほしいものです
個人情報保護法のこともありますのでね 
聞いた話によると性同一性障害者が病院で手術した場合 麻酔したあとすぐに医者や看護師たちの
話し言葉が手術台に上がっている患者さんの耳に入ってきたそうです先生や看護師さんたちは
患者さんに聞こえているとも知らず話していたみたいですそれを聞いていた患者さんは
嫌な思いをされたそうです

以前勤めていたスーパーマーケットでは 他店から私が転勤してきて店長さんは わたしに突然 お客様からの苦情により女性の胸のある私なんてあなたの仕事の更新をしないといわれ解雇されました

その後 就活面接のときには カミングアウトをしながら面接をうけるけど
前例がないと断られた経験もあります
2016年中日新聞の尾張版に私の体験談が記事になって以降
つい最近での面接では わたしからカミングアウトをする前に面接官から全部言いたいことがあれば
話してといわれ よい機会だと感じカミングアウトをし 私の働きやすい環境を整えてくれ職場では
性的な嫌がらせなどはなくなりました。
現在2018年4月半ばから 北名古屋市のスーパーマーケットに勤め始めていますが・・・
以前のスーパーマーケットの場合とはちがい 通称名を認めてもらい仕事仲間からも通称名で通ってます

感じたことは 徐々にではあるが中小企業の中にも性的少数者の事を認めてくれる企業が増えていることを感じます
転職を繰り返してきた経験もあり トランスジェンターや性的違和者を認めてくれている会社の情報を
就活に困っている人たちに知っていただけたらと思っております。

4年前に他界した母親とのことは 40数年間に渡り『男の子らしくしなさい』などと言われ続けて
苦しんできた人生でした
それまで疎遠だった親戚一同が集まった人たちには葬儀をきっかけにカミングアウトをして
私の事を一部ではありますが認め活動の応援者もいます



3月24日土曜日『第4回にじいろminiフェス』以降 音楽生ライブを中心にし他のコーナーの協力も得てLGBT啓発のイベントにしていき LGBTの中でも特にトランスジェンダーに特化した資料を展示し理解者を増やし 就職 学業 などなど 生活しやすくしていきたいと思います

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テーマ : ひとりごと - ジャンル : ライフ

tag : LGBT 子ども 保護者 教育関係者 家族 尾張輝虹会スターレインボー 居場所 同性愛 多様性 姉妹

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